第228話

昭和43年9月の御園座公演、序幕の「風流深川唄」は朝丘雪路さん主演物、二つ目の演目「座頭市物語」は勝新太郎さん主演物でしたが両作品にお二人が共演する顔合わせ企画でした。

映画「座頭市」大人気の中での勝新太郎さんの舞台出演、舞台・テレビに大活躍の華やかさ溢れる朝丘雪路さん、若い二人が大奮闘の公演となり、舞台も客席も熱気に包まれていた記憶があります。

舞台がトンデモナイことになったのは、中日(なかび)頃でしたか?

「風流深川唄」が開幕し、私は何時ものように監事室から舞台を見ていました。

物 語・・・料亭「深川亭」の行き詰まりは、娘おせつを資産家へ嫁がせる話が親戚から出るほどの状況。

嫁がせねば代々続いた老舗の暖簾を下ろすか・・・父親は悩みます。

板前の長蔵に心惹かれているおせつもこの話は嫌がるが、長蔵の母親は「大事なお店の難儀、お前からお嬢さんに別れを告げろ」と強く長蔵に言い渡す。

おせつは長蔵の気持ちが自分から離れたと思い、暖簾を守るため結婚の申し出を受けてしまう。

と ここまでは、何時ものように客席はおせつの心情に引き付けられて 涙・涙でした。

いよいよ婚礼の日の深川亭・奥座敷が始まり、花嫁衣裳のおせつは父親に嫁ぎ行く挨拶を・・・・・・そこへおせつへの思いを断ち切れない長蔵が飛び込んで来ます。

勝手口に止めてある人力車におせつを乗せると、長蔵は梶棒を握って一目散に花道へ・・・・

ところが、その日は長蔵の勝さん元気が有りすぎました。

本舞台から花道へ勢いよく廻り込んだは良かったんですが、花道七三で人力車が大きく傾きだしたから大変。

力まかせに梶棒を持って踏ん張る勝さんですが、一旦傾いた人力車なかなか元へは戻せません。

人力車の上には、花嫁衣裳を着た朝丘さんが乗っています。

まるでスローモーションの映画のように人力車は、客席へ倒れ込んでいく、それを大勢のお客様が、祭りの御輿を受けるように手を差し上げて支えているが・・・・

朝丘さんは・・・・・どうなったのか・・・・・

後日、その時の話を朝丘さん本人に伺うと「もう、このまま人力車に乗っていてはダメと思い、自分から客席へ飛び込んでしまった」そして「飛び込んだ私をお姫様抱っこのように受けとめてくれたお客様がいて、顔はよく覚えていないが金歯の紳士だった」と話してくれました。

この話には後日談があって、何年か後に御園座が朝丘雪路特別公演を行なった時に、貸切をして頂いた会社の社長が座長部屋を訪問。
「朝丘さん、憶えてみえますか?」と笑った顔には、あの金歯が光っていたとの事でした。

話を戻して「風流深川唄」へ、トラブルはその場の切れだった為、暗転の内に人力車も片付けて大詰の小さいながら開いた小料理店「深川亭」店前が始まります。

おせつ・長蔵の二人が出て来て幕となるのですが・・・・朝丘さんも勝さんもその日はセリフにならず、お客様も大笑いの中で緞帳が下ろされました。

またまた、懐かしい想い出の話を・・・・お付き合いアリガトウ。