カテゴリ: 朝丘 雪路

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第243話

今月の13日、名古屋市芸術創造センターにて朝丘雪路さん主演の歌舞伎ルネッサンス公演が行なわれる。

歌舞伎をもっと親しみやすく、もっと解かりやすくと舞台創造研究所が企画制作した公演です。

今回の企画が朝丘さんに持ち込まれたのは一年ほど前でした。突然の歌舞伎公演に、朝丘事務所の河村氏から私にも相談が有りました。

幸い舞台創造研究所の竹柴源七氏は、私も仕事をさせて頂いて気心の知れた仲でしたから「是非とも引き受けて朝丘さんの先代萩をみせて下さい」と公演実現の後押しをさせて頂いた。

演目は、萬夜一夜先代萩(まんよ ひとよの せんだいはぎ)

第一幕   鶴千代 御殿の間

第二幕   老後の政岡

共演者は、林与一さん、江藤潤さん他

先月の23日から神奈川・東京・・・と巡業が始まっている。

「夫婦の危機」とか「津川さん病気入院」とかテレビワイドショーの取材に追い掛けられての公演ですが、体調を崩さないかと心配です。

歌舞伎役者が演じない歌舞伎、とても楽しみにしています。

第228話

昭和43年9月の御園座公演、序幕の「風流深川唄」は朝丘雪路さん主演物、二つ目の演目「座頭市物語」は勝新太郎さん主演物でしたが両作品にお二人が共演する顔合わせ企画でした。

映画「座頭市」大人気の中での勝新太郎さんの舞台出演、舞台・テレビに大活躍の華やかさ溢れる朝丘雪路さん、若い二人が大奮闘の公演となり、舞台も客席も熱気に包まれていた記憶があります。

舞台がトンデモナイことになったのは、中日(なかび)頃でしたか?

「風流深川唄」が開幕し、私は何時ものように監事室から舞台を見ていました。

物 語・・・料亭「深川亭」の行き詰まりは、娘おせつを資産家へ嫁がせる話が親戚から出るほどの状況。

嫁がせねば代々続いた老舗の暖簾を下ろすか・・・父親は悩みます。

板前の長蔵に心惹かれているおせつもこの話は嫌がるが、長蔵の母親は「大事なお店の難儀、お前からお嬢さんに別れを告げろ」と強く長蔵に言い渡す。

おせつは長蔵の気持ちが自分から離れたと思い、暖簾を守るため結婚の申し出を受けてしまう。

と ここまでは、何時ものように客席はおせつの心情に引き付けられて 涙・涙でした。

いよいよ婚礼の日の深川亭・奥座敷が始まり、花嫁衣裳のおせつは父親に嫁ぎ行く挨拶を・・・・・・そこへおせつへの思いを断ち切れない長蔵が飛び込んで来ます。

勝手口に止めてある人力車におせつを乗せると、長蔵は梶棒を握って一目散に花道へ・・・・

ところが、その日は長蔵の勝さん元気が有りすぎました。

本舞台から花道へ勢いよく廻り込んだは良かったんですが、花道七三で人力車が大きく傾きだしたから大変。

力まかせに梶棒を持って踏ん張る勝さんですが、一旦傾いた人力車なかなか元へは戻せません。

人力車の上には、花嫁衣裳を着た朝丘さんが乗っています。

まるでスローモーションの映画のように人力車は、客席へ倒れ込んでいく、それを大勢のお客様が、祭りの御輿を受けるように手を差し上げて支えているが・・・・

朝丘さんは・・・・・どうなったのか・・・・・

後日、その時の話を朝丘さん本人に伺うと「もう、このまま人力車に乗っていてはダメと思い、自分から客席へ飛び込んでしまった」そして「飛び込んだ私をお姫様抱っこのように受けとめてくれたお客様がいて、顔はよく覚えていないが金歯の紳士だった」と話してくれました。

この話には後日談があって、何年か後に御園座が朝丘雪路特別公演を行なった時に、貸切をして頂いた会社の社長が座長部屋を訪問。
「朝丘さん、憶えてみえますか?」と笑った顔には、あの金歯が光っていたとの事でした。

話を戻して「風流深川唄」へ、トラブルはその場の切れだった為、暗転の内に人力車も片付けて大詰の小さいながら開いた小料理店「深川亭」店前が始まります。

おせつ・長蔵の二人が出て来て幕となるのですが・・・・朝丘さんも勝さんもその日はセリフにならず、お客様も大笑いの中で緞帳が下ろされました。

またまた、懐かしい想い出の話を・・・・お付き合いアリガトウ。

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第223話

御園座12月公演に出演中の朝丘雪路さんから食事に招かれました。

一足先にお店に着いて待っていると「慌てて楽屋出て来たから髪もバサバサ」と可愛く笑って入って見えた。

「お疲れでしょ」とご挨拶すると「大丈夫、大丈夫」と何時もの笑顔です。

「芝居」に「ショー」に大活躍の雪路さん疲れていない訳はありません。今日は美味しい料理と楽しい話で少しでも疲れが癒されればと心から思いました。

逢えば何時も次から次へと芝居の話、朝丘雪路さんの芸歴は舞台公演に限って紹介すると昭和27年の宝塚大劇場の初舞台から

昭和30年代には、尾上松緑さん(先代)との共演、劇団「新派」への参加、そして劇団「新国劇」に特別出演、東映歌舞伎にも出演と大活躍でした。

御園座には、昭和39年12月に新国劇の辰巳柳太郎さんに「劇団に華を添えてくれ!」と頼まれて特別参加。

大作家の川口松太郎先生がわざわざ朝丘さんに書き下ろした新作「朝霧」が用意されるなど、当時の人気の程が窺がわれます。

そしてこの年から「雪路まつり」の看板公演もスタートを切っています。

昭和40年代に入ると、勝新太郎さん、そして市川雷蔵さんとの共演が実現、長谷川一夫さん市川右太衛門さんからも乞われて公演に参加し、大きな評価を得てきました。

昭和45年9月には、御園座にて朝丘雪路/林与一公演が実現し、美男美女の共演が話題になりました。

その後、中村扇雀さん(現:坂田藤十郎)とコマ歌舞伎にも出演。

昭和50年代には、朝丘雪路特別公演も定期的に開催され「芝居」と「ショー」の奮闘公演が続きます。

この頃からは、五木ひろしさん、高橋英樹さんの公演へも出演が多くなりました。

御園座では昭和58年7月「人間万事塞翁が丙午」が話題に、そして昭和60年代に入って益々活躍。

夫の津川雅彦さん演出によって新派作品をニューウェーブの新波として創りなおす試みが成され、御園座では昭和62年「明治一代女」から上演「五辨の椿」「お蔦 主税」「滝の白糸」「風流深川唄」「萩の乱れ」「おさん茂兵衛」と連続七年の朝丘雪路特別公演が続けられた。

この頃の共演出演には細川たかしさん、里見浩太朗さんの公演が上げられます。

その後、御園座は平成13年12月に朝丘さんに喜劇作品を企画、相手役に舞台初出演の桂三枝さんを迎え「出囃子女房」を上演した。

この作品が翌年に新宿コマ、梅田コマにて再演され劇界の話題となり、平成15年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞することになります。

御園座は平成15年12月朝丘雪路特別公演に三枝さんを再び迎え、名作(迷作)の「浪速 花のれん」を上演した。

そして今年、松井誠特別公演に朝丘雪路さんが特別参加し「芝居」も「ショー」も熱演!熱演!大熱演!の公演が開幕している。

走り続ける! 朝丘雪路さんを紹介しました。

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第178話

愛知県扶桑町にある文化会館に朝丘雪路さんが、明日(17日)出演される。

扶桑文化大学 深水流日本舞踊 と題し、朝丘さんのお話と舞踊をお見せするとの事ですが、既に完売です。

前日から名古屋入りしますから食事をしましょうと朝丘事務所の辨三郎さんから誘われ、朝丘さんと夕食をご一緒してきました。

場所は、中日劇場から一筋東のビル1階にある、イタリアンレストラン「イルノド」

こちらのお店は、時おりディナーショーも行ない朝丘さんもジャズライブを披露されたとの事でした。

オーナーの計らいでお店の奥の特別ルームが用意されておりました。

個室なので落ち着いてお話もできます。

料理は、朝丘さん生野菜のサラダからはじまって、パスタも食べたい、リゾットも食べたい、お肉を叩いて薄くしたカツも食べたい・・・・・結局は、朝丘さんの食べたいものを少しずつ盛り合わせた「雪路コース」を頂きましたが、これが大変チョイスが良く美味しかったです。

話は、やはり芝居の話に、桂三枝さんを相手に御園座で初演した『出囃子女房』が大阪・東京にて再演され・・・・その成果も評価されて朝丘さんは「文部科学大臣賞」を受賞されたこと。

この作品は三枝さんの初舞台。朝丘さんにとっても初めての落語家との舞台。三枝さんが一生懸命、真面目にやればやるほどお客は笑います・・・・朝丘さんも芝居の幕切れには、白髪の小さなお婆ちゃんになって舞台奥からヨチヨチと登場。客席からは割れんばかりの拍手でした。

「せっかくですから、花道へ入って幕にしましょう」私も辨ちゃんも大賛成し、大いにお客に受けた話をしていました。

食事中の朝丘さんが、思い出したように「あのお婆ちゃん、しんどかった」「出来るだけ可愛く見せるため小さく小さくなって出てきて、そのまま御園座の長い長い花道を歩くのは本当に息が上がってしまった」とおっしゃいました。

そう言われれば、私と辨ちゃんで今まで随分と朝丘雪路さんを酷使してきました。

特に津川雅彦さんが演出に加わった公演は、今でも語り草「凄かったねぇー 宙乗りで三階まで」「稽古は夜明けまで続けられることもあったねぇー」

極め付けは「やわらかくフアーとした花びらが開いて朝丘登場だよ」
舞台稽古に用意された花のつぼみは、グロテスクなウレタンにペンキで色づけされた物。

花びらを広げて朝丘さんに入って頂く。音楽に合わせて照明も変化し花のつぼみが幻想的に開くはず・・・・・ところがウレタンの肉厚ドタン・ドタンと無様に床に広がるばかり、私たちは装置の出来が心配でしたが・・・・・
花つぼみの中に入れられていた朝丘さんは、ペンキの臭いとシンナーでフラフラです・・・・・

これを見た津川さん「これは使えんなぁー」と一言。

道具制作費 ?百万円。

朝丘さんの命に関わる問題です。泣く泣くグロテスクな花は倉庫へしまわれました。

こんな、ひどいことをプロデュースした私に、話の途中に何度も津川さんに代わって「スミマセン、スミマセン」と謝られる。

津川雅彦さんが手掛けた新派作品「明治一代女」「女系図」「滝の白糸」「風流深川唄」は、若い世代を劇場に惹きつける芝居づくりをしており、迷惑などと受け止めていません。

スタッフ、俳優、劇場が、一つになって良いものを創ろうと燃えていました。

楽しい、楽しい食事会でした。

写真は平成4年「風流深川唄」
舞台稽古の客席にて、綺麗な花嫁姿の朝丘さんとご一緒に。

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第157話

毎年、誕生日の前日には朝丘雪路さんから、心のこもったメッセージが添えられた Happy Birthday カードが贈られてきます。

今日は朝から御園座へ出掛け、月末29日退職の手続きを済ませて帰宅・・・・・・

そんな私に雪路さんから「おつかれ様でした。」の一言が、毎年頂いていたカードでしたが、今年のカードは最高の贈り物でした。

6年前に芝居の世界を離れ、老人ホームの支配人に赴任してからも現地を訪問して下さったり・・・・本当に有難かったです。

もう一度、私のプロデュースで御園座の舞台に立たせたい・・・・・と願っていましたが実現出来ませんでした。

しかし、今年の12月には松井 誠さんとの共演も決まっており、名古屋の皆さんに何時までも綺麗な、元気な雪路さんを魅せて下さると思います。

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