第277話

御園座5月公演「お登勢」に主演されている川中美幸さんは、プログラムの中で「芸能生活30年を振り返って一番うれしかったのは」とのインタビューに次のように答えています。

「一生忘れないくらい感激したのは、美空ひばりさんが体調を崩して倒れられたとき、そのピンチヒッターにと声をかけてくださったときですね」

「小さいときからあこがれていた雲の上の人ですもの。話が舞い込んだときは心臓バクバク。天にも昇る心地でした」

これは昭和62年4月、美空ひばりさんが地方公演の福岡で倒れ長期入院、その年5月の明治座と11月の新宿コマ劇場の本公演に出演できなくなってのことです。

5月は緊急入院した翌月の公演であり、主だった歌手の方々はスケジュール調整ができず明治座公演は窮地に・・・・救世主になったのは御園座の4月に公演を行なっていた杉良太郎座長でした。

11月の新宿コマ劇場公演は、ひばりさんからじきじき白羽の矢を立てられた川中美幸さんでした。

当時の川中美幸さんは、大阪・梅田コマ劇場に昭和58年から座長公演をもって五年目、東京進出が女王・美空ひばりさんのピンチヒッターとは・・・・・この公演の成功が、東西大劇場における川中さんの座長公演を恒例とさせました。

美空ひばりさんに代わって公演を受け持つことは、大変な重圧だったと思います。川中さんには忘れられない公演でしようね。

話はもどって明治座の5月ですが、御園座が初めて杉良太郎公演を自主制作したものを、そのまま明治座は美空ひばり公演で集客したお客様に見せることになります・・・・・

「お客様が納得する舞台をお見せする・・・」杉座長の気力も充実していました。新米プロデューサーの私は、やっと御園座の初日を開けてホッとしたのも束の間、明治座騒動に巻き込まれていました。
(詳細は、このブログ2007年6月28日・杉公演自主制作そして明治座をご覧下さい)

私にも忘れられない公演になっています。

今日は御園座は休演日。なかなか観劇できません。